5月29日(日)
ワークショップ 元気のぼり
6月4日(土)
地元の子供たちによる田植え
6月11日(土)
オープニング・セレモニー 和太鼓コンサート
オープニング・トーク
田んぼからのメッセージ
中村 桂子(生命誌研究者)、若一 光司(作家)、
新宮 晋(アーティスト)
ワークショップ 風車を作ろう
6月19日(日)
ワークショップ 七夕飾りを作ろう
7月9日(土)
ワークショップ
田んぼの虫や生き物の観察 1
7月23日(土)
ワークショップ
田んぼの虫や生き物の観察 2
9月4日(日)
ワークショップ アートかかしを作ろう
ワークショップ
オリジナルの焼き物を作ろう
9月25日(日)
子供たちによる稲刈り
「かかし」と「焼き物」の発表
風の妖精たちのパレード
野外ジャズコンサート

スケジュール・内容は変更する場合があります。
オープニング・トーク 田んぼからのメッセージ
2011年6月11日
中村 桂子(生命誌研究者)、若一 光司(作家)、新宮 晋(アーティスト)
新宮

さてそこで話題が変わりますが、今回の東日本大震災が起こって、非常な転機を迎えているような気がしますけれども、そのことに付いて、お二方からお伺いしたいのですが。

若一

私はこれまでに二度、取材で被災地に入りました。岩手と宮城の被災現場を取材して、テレビでリポートしたり、新聞にルポを書いたりしたんですけれども。
今回の震災を通してさまざまなことを感じましたが、やはり一番印象的なのは、被災地となった東北の方々の、辛抱強さと言いますか、内向性と言いますか……。耐えて耐えて耐え忍んで、自分たちの思いや感情を、あまり外に出さない。出さずに、周囲に対して非常にモラリスティックに行動する。
そのことに関しては、世界中のメディアが賞賛してましたよね。日本の政治はレベルが低いけど、日本の民衆のモラルは素晴らしいと。

東北の方々のそういう辛抱強さやモラルの高さは、どのようにして育まれたのかということを、岩手県の釜石市で、被災者の方々と飲みながら議論する機会がありました。そのときに何人もの方が異口同音に話してくれたのが、意外にも、稲作との関係でした。
稲は、熱帯もしくは亜熱帯性の植物ですから、稲作にとって、日本はほぼ北限域になります。その日本の中でも、もっとも北限だったのが、昔の東北です。現在では北海道にも稲作地帯が広がっていますが、北海道でお米が作られるようになったのは、明治以降のことです。北海道ではそれまで、稲作文化は成立しなかった。学校の日本史では、「縄文時代の次の時代は、稲作文化を中心とした弥生時代」と教えられますけれども、稲作文化の成立しなかった北海道には、弥生時代はありません。九州や四国、本州が弥生時代に入ってからも、北海道ではまだ縄文時代が続いていた、それを「続縄文時代」と言いますけど。
というわけで、明治までは本当に東北が、稲作でお米を育てることのできる北限だったんですね。だから、東北での米作りは、とても困難な、リスクの高い仕事でした。
季節や気候の微妙な変化を的確に読みとり、そのわずかなタイミングに合わせて、稲作の手順を踏まなければ、必ず失敗する。そして、稲作の失敗は飢餓に直結する。だから当時の人たちは、北限で稲を育て抜くために、命がけで工夫と努力を重ねたわけですが、そうした過程で、東北人の粘り強さやモラルの高さ、あるいは協調性といったものが、育まれたというんですね。
稲作というのは、絶対に一人ではできませんから、何をおいても、チームワークが大切になってきますし、北限ゆえの困難さを乗り越えるには、そうした集団労働をうまく機能させるための、より意志的な協調性が必要になってきます。

北限での自然の移ろいを鋭敏に読み取ることのできる、その感性の豊かさで、一緒に作業している人の気持ちも読み取り、常に、自分ではなく全体の状況を優先させる。「和をもって貴しとなす」ということですね。
そうした東北人のパーソナリティーの原点が、北限での稲作の歴史にあるのではないかと、東北の被災者の方々から直接、そんなお話をうかがいました。思いがけないところで、日本の稲作文化の基底性にふれたような気がして、ちょっと感心させられた次第です。

中村

私も、現地へは行ってないのですけれども、いろいろなメディアを通して東北の方を見ていて、本当に同じことを感じました。

政治家や官庁の方、経済界の方、評論家などがお話になっていることは、ちっとも心に響かないのですが、農業や漁業に携わってらっしゃる方たちの言葉が、本当にすごいんですね。今おっしゃった通りで。
例えば、家も船も流されてしまい、何にもなくなってしまいました。だけど、ずーっとここに暮らして来た経験と、そこで培ってきた技術は、決してなくしてませんとおっしゃったのね。すごいなーと思って。
とても自信を持っておっしゃったんですよ。きっと、もう一度、新しい町や村を作って下さるだろうなとその時思いました。私生き物を研究してますから、それぞれ一人一人の特徴があるのが頼もしくて。

お二人が「和」とおっしゃって、みんなでやることが大切なのですが、実は最近「和」という字に興味があるのです。
個人がしっかりしなければいけないと言われ、「和」のようになーなーでやってはいけないと言われますが、本当は、「和」は、なーなーじゃないんですよね。
大和言葉で読むと、なごむ、やわらぐっていう。もう一つ面白い読み方があるんです。何だかお分かりですか。あえるです。胡麻和えのあえ。ね、こう書きますでしょう。
ニューヨークがよく例えられるのが、サラダボール。いろいろな人が居て、トマトもありキュウリもありで、サラダになっている。あれは、確かにみんなが一緒に居るけれど、トマトはトマト、キュウリはキュウリですね。
一方、白和えを考えると、ほうれん草の白和えだとお豆腐、ほうれん草、胡麻など。それを和えると胡麻は胡麻の味、ほうれん草、お豆腐もそれぞれの味はするけれど、一体となって食べますね。ほうれん草はほうれん草、お豆腐はお豆腐では食べられないでしょう。お豆腐と胡麻とほうれん草、一緒に食べるんだけど、別々の味がするわけです。

これが、日本人の「和」だと思うのです。個人が無いんじゃなくて、個人はちゃーんと持っていながら、みんなで一緒にやることで、新しい味を作るんですね。私はこの、サラダではなく胡麻和えというのが、日本の特徴じゃないかと気づきました。
「和」は、みんなでそれぞれの特徴を生かしながら、新しい味を作っていくっていう、いい言葉じゃないかなということを最近発見したんです。

新宮

素晴らしいと思います。
私が考えていたのは、アートってすごく個人的なことじゃないですか、普通には。皆さんの中にあるアーティストのイメージというのは、何かアトリエにこもってかなり暗くて、オタクみたいで、変なものを作っている人という感じだろうと思うんですよ。
でもまあ現に、人間の中には、そういう意味でのアートというのがなければやっていけない。単なる表面的な常識だけじゃなくて、個人個人の中にもアーティストが住んでいて、そういう作業をするのではないかと思います。
その中には色んなことがあって、今日は何食べようかというのも、かなりアーティスティックなことでしょうし、今日はこのシャツ着ていこうか、これにしようかって迷われるのも、既にアートだと私は思うのです。

でもそういうことを、個人で思っているだけではなく、それを発表したり、人にも同じように分かって欲しいと言い出すあたりから、アートはどんどんややこしくなるのです。
私の場合は、自分のアートというものの、骨を出来るだけ抜きたいなと思います。そしたら、色んな人が参加出来るのではないか。個人アートではなくて、団体アートみたいなことを考えたのが、今回の催しの特徴です。

まあ実験的かも分かりませんけれども、色んな人が参加出来るように。私は、個性というか、どこから見ても岡本太郎とか、ピカソとかいう風には、分からないものを作って、「新宮って一体どれ?」っていう、「何だ、風かあ」っていうぐらいの感じでやりたかったんです。

中村

それこそ、和え物じゃないですか(笑い)。

新宮

じゃあ私、これから和え物アーティストと名乗ることにします(笑い)。

若一

今回被災地で取材をする中で、またあらためて、新宮さんの仕事に思いを馳せたことがあります。
それは、新宮さんが去年、ブリージング・アースと名付けられたプロジェクトのために開発された、風車に関してです。

新宮さんの作品は、風力で動くということが大きな特徴になってますが、昨年発表されたその作品(風車)は、単に風で回転するだけでなく、作品それ自体が電気を起こす、つまり発電機でもある、というものでした。そういう、再生可能なエネルギーを発生させる、装置性のある作品を去年お作りになって、実際に芦屋の浜で、その発電能力のテストをされました。その作品がですね、後ろにあります。
あの、回転する4枚の羽根の下に、ちょっと小屋掛けしてありますけど、あの小屋掛けの中で電力が起こる仕組みになっています。

この作品が芦屋の浜に設置されているときに、私はその現場を取材して、テレビで紹介させて頂いたんですが、私はその時に、「新宮さんがエネルギーというもの、しかも小規模エネルギーというものに関心を持たれたのは、どういうことかな? そして今後、どういう展開になるのかな?」と、非常に興味を覚えたんですが、そのしばらく後に、今回の東日本大震災があったわけです。

……その被災地を実際に歩きながら、独占的集中がもたらす弊害の大きさを、つくづく感じました。現在は電力10社が、各々の地域で独占的に、発電や送電をやっています。集中的な大規模発電・大規模送電をしてきたわけですが、その電力会社が被災したら、今回のような、とんでもないことになるわけですね。集中的な大規模発電・送電に支障が生じたら、とたんに、ものすごく多くの人の自由と安寧が奪われてしまう。

ところが、新宮さんの風力によって発電する作品というのは、そうした大規模な集中発電の、反対側にある発想ですね。それは、マイクロ発電、小規模発電ということになりますし。
今回の原発事故などをふまえて、未来のエネルギーのあり方を考えた場合、自然エネルギーをより積極的に活用すると同時に、エネルギーの生産と消費という面でも、より自己完結的なシステムをめざすべきだと思います。できることなら、各家庭で電力を自家生産して、それでやっていけたら、一番いいわけです。
それができたなら、いろんな天災で被害を受けても、現在のような状態にはならない。そういうことも含めて、新宮さんが作品を通じてエネルギーという問題に関わろうとされた、その出発点がどこにあったのかということに、震災を経てあらためて興味を深めた次第ですが、そのあたりのことは、いかがでしょうか。

新宮

絵本も描きますし、舞台もやりますし、こうして作品も作りますし、それを共通して私が表現したかったのは、この地球というのが、宇宙の中でも非常にユニークで豊かな星だということです。
そこへ人間としてお生まれになった皆さんは、非常に幸せな訳です。そして、こうしてお会いすることも出来、人を好きになったり、色んな関係が生まれてくる。
私たちが生まれた元である、この地球の素晴らしさを少しでも分かってもらおうと思って、今までも制作をして参りましたが、それでもあき足らないというか、分かってもらいにくいところがあるので、自然の素晴らしさを実生活の中でも生かせる方法として風車を考えました。

それは、自然との長い付合いの中で、自然エネルギーのものすごい力を体験し、理解出来たからです。何しろ風車の専門家といわれる方でも、私みたいに50年にわたって風と付合ってきた人はいないのです。そういう意味では、胸をはって言えることが色々ありますので、今回発電風車のアイデアまで進んできたのです。
そこに不幸にして大震災が起こったことで、何だかこのプロジェクト自体を、大震災が起こったことがヒントになってやられるのですかという、失礼な方がおられたりしますが。実は、もう50年もやっているんですよとお答えするんです。

震災が起ころうが起こるまいが、私のやろうとしたことの方向は、ずれていないと思います。自然が好きで、地球が好きで、こうして生きてきました。それで皆さんと会えたことも、すごく幸せに思っています。

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